そこでイナクティヴな立場はこの前提を覆し、「認知」のパラダイムを「世界の『表象』から世界の『行為的産出』へ」と変換させるのである。最近の認知科学は、心を情報処理の入力―出力装置とする考え方から離れている。脳のような高度に協同的で自己組織化するシステムでは、入力と出力を特定できない。これは精度の問題ではなく、脳が「それ自体を変化させるプロセス」を利用するからである。ここでは「表象」概念は消え、「自己変化プロセス」に焦点が移っている。独立した世界という考え方から、自己変化プロセスと不可分な世界という考え方への転換。入力・出力という基盤においてではなく、「操作閉鎖性」によって認知システムを理解する必然性がここにある。操作閉鎖性を有するシステムとは、そのプロセスの結果がプロセスそのものとなるシステムである。操作そのものが自己に回帰して自律的ネットワークを形成する。このようなシステムは外部の制御メカニズムに規定されず、表象では作動し得ない。それは、独立した世界を表象するのではなく、認知システムにより具体化される構造から分離されない種々の特徴を持ったドメイン(領域)として世界を「行為から産出する(enact)」のである。
『仏教と科学――認知科学者の仏教理解を手がかりに――』(司馬春英著、佛教文化学会紀要、2003年2003巻12号 p.l1-l21, pp.6-8 第1章 認知科学の展開とフランシスコ・ヴァレラの立場――「行為的産出」 第3節イナクティヴな立場の独自性――表象主義に対する批判 第1項「表象」から「行為的産出」へ――表象主義の矛盾とその克服











